>NOVEL>葛飾、最後のピース>ジャスティー編

第7話
女には優しく
 

「コンセプトは、誰でも参加可能な祭り形式の忘年会ってことでいいんだな?」
「はい!」
 一英の目の前に座った正義が、満面の笑みで身を乗り出しこくこくと頷く。さっきまでの抵抗はなんだったのかと思うほど完全に協力スイッチの入った一英は、面倒だからどんどん決めてくぞと言い、テーブルの上にカレンダーを広げた。
 言いだしっぺの正義よりも強い推進力を見せる一英に、女たちが肩をすくめてひそめき、厨房の大将もムハンマドと目を合わせ、くっくと笑う。いつの間にかインターナショナル席に参戦していた永原も、その様子を望遠で映していた。
「忘年会に欠かせないものと言えば?」
という一英からの要求に、女三人が次々に応えを挙げる。
「うまい酒、うまいつまみ、楽しい余興!」
「盛り上がるカラオケ、陳腐なゲーム、ビミョーな景品!」
「それで会費が安いと最高よね。あ、無礼講も入れて?」
 色々と挙がる項目を、一英はカレンダーの裏に書きとめる。最後に正義が、
「でもなにより肝心なのは、一年分の憂さ晴らしですから!」
と付け加えると、一英はそれもきちんとメモし顔を上げた。
 あとはこれらに祭りっぽさを足せばいいんだろと言った一英が、今度は祭りに欠かせないものを問う。するとすぐに、お祭り好きの凛から神輿という単語が挙がった。
 だが正義は首を傾げて腕を組む。
「ちょっとイメージ違うなぁ。僕が思ってたのは、もっと違う雰囲気――盆踊りみたいな」
「なんだい? ふんどしはダメだってぇのかい?」
「ごめんね、お凛さん、今回はダメ。もっとこう、集まって輪になりたい感じなんだよね。ワッショイ的なんじゃなく」
 一英がそれなら盆踊りに欠かせないものはと問うと、やぐら、提灯、葛飾音頭、それに屋台各種という答えが返った。ふうんと言ったきりしばし黙っていた一英は「たとえば、こういうのどうだ」と言うと、メモ書きの下になにやら描き始める。
「まず形としては、会場の外枠いっぱいに、屋台を円形配置して屋台村を作るわけ。で、屋台村のど真ん中にはやぐらの代わりにセンターステージを設けて、余興はここでやる。このステージのまわりには、こんなふうに、買ったものを食べられるテーブル席を用意して、食べながら余興を楽しんでもらえるようにする――」
 キュッキュと音を立てながら、十二月の裏に屋台村の図案が描かれていく。
 盆踊りっぽさを演出してか、提灯なんかも惜しげなくぶら下げられていき、それを見守る正義は、頬杖ついでに口元を隠してにやついてしまう。小学生が班に分かれてレクリエーションを考える、そんな光景が思い出されていた。
 ペンを止めた一英がうーんと唸る。
「でもこれだけじゃ、パンチ足りないよな。師走に人が来るわけない」
「もっと楽しい要素が必要ってこと?」
 図面を覗き込んでいた絵梨香がそう尋ねると、頷いた一英は顔を上げ、目の前の正義を見た。
「あんたが楽しいと思うのは?」
 突然、自分だけに質問され、正義は真面目な顔で適当なことを口走る。
「みんながアッと驚く、意味不明さ」
「意味不明さって……」
 いい加減な答えに、一英がプヘッという笑いをもらした。一英から非難の視線が向けられるが、正義は目だけをきょろっと上に向け、人をイラっとさせるには打ってつけな舌出し顔を返す。
 すると何がツボにはまったのか、一英は呆れたように首を傾げながらも、再び吹き出して笑った。
 この人常識的なこと言う割に、こういう馬鹿なこと好きだよな。などと、正義が一英の中に潜む新小岩性を再確認しているうちにも、一英はしっかり『意味不明さ』と太文字でメモを取る。
 顔を上げた一英の目は、それこそ馬鹿丸出しのガキのごとく輝きだしていた。
「あんまりにも独走しすぎな意味不明さじゃ人来ねぇから。とりあえず、他じゃ見ないような、ありそうでなさそうな屋台でもやるか。畳くらいありそうな巨大カタヌキとか」
「なさそうでなさそうだし」
 今度は正義が吹き出すと、意味不明なアイデアは他からも募ること、とメモしながら一英も笑う。「会費どうする?」と尋ねられた正義は、そんなに馬鹿なことが好きならもっと上乗せしてやろうと思いついた。
「会費はなしにして一皿百円とかやろうよ。こんなに美味いのがこんなに山盛りで百円!? くらいのやつ。もう三百円くらいでおなか一杯になっちゃうの」
「馬鹿じゃないの。採算とれねぇよ」
 むふむふ笑う正義に、一英もまたブハッと笑う。
 俺が笑うからこの人も笑うのかな。
 いやこの人が笑うから俺も笑うのか?
 そんなことを思いながら、正義はこの『感じ』に気持ちよく酔い始める。
「開催は今年もラスト十日になる、二十一日の金曜日にしようよ」
「みんな忙しいっつんだよ」
 そうだ。これでいい。こうやって馬鹿馬鹿しいことをやっていれば、嫌なことなんか忘れられる。考えたくないことを考えないでいられる。年の瀬にはやっぱりこういうものが必要なんだ。
 やたらと楽しくなってきた正義は一英と頭を寄せ合い、忘年フェスのアイデアを更に出し合う。二人だけでケタケタと笑っている様子に、女たちが口を揃えて「きもい」とドン引いていた。
 と、テーブルに置いていた正義のスマホがピロリンッと鳴り、にこやかだった正義の笑顔が固まる。その耳慣れない音に視線を上げた一英にハッと愛想笑いをし、正義は着信通知を一瞥しながら画面をオフにした。
 瞬時に見えた『牛乳買ってきて』という本文に溜め息が出そうになるのをこらえ、自分のうかつさを呪う。
「ホッケ焼けたぞー」
 ちょうどよく大将の声がかかり、正義はマナーモードに切り替えたスマホをポケットへとねじ込んだ。そして誰よりも早くカウンターへ行くと、厨房から差し出された平皿を受け取り、凛たちの席へと運んでいく。
「はーい、お待たせいたしました、お嬢様がた。本日のおすすめ、焼きホッケでございまァす」
 平皿を覗き込んだ女子たちが、じゅうじゅうと香り立つ湯気に歓声をあげる。笑顔の正義は、続けざま感じのいい店員役をこなす。
「よろしければ空いたジョッキ、お下げしますねー。新しく何かご注文になりますか?」
 女たちは遠慮なく追加の酒を注文しながら、様になる正義のウエイターぶりに感嘆を送った。ジョッキを集める正義に、凛が空いた皿を集めて立ち上がる。
「いっつも甲斐甲斐しく給仕させちまって悪いねェ。あたしも手伝うよ」
「あ、いいのいいの」
 正義は凛と、一緒になって立ち上がった恵の二人を座らせ、にっこりと笑う。
「僕、好きでやってますから。女の子は笑顔で座っててくれれば、それでいいんです」
「やーん、ジャスティーったらー!」
 甘い言葉に喜んだ女三人は、「優しい!」とか「紳士!」などと言ってキャーキャー盛り上がる。すかさず正義が「お前は手伝ってもいいんだけど?」と絵梨香に冷たい目を向けると、絵梨香はきょとんとし「ごめんなさい、私、電卓より重いもの持ったことのないの」と口をすぼめた。
 ジョッキ三つを片手に持ちなおした正義が「揉むぞテメー」と、今にも鷲づかみしそうな手を伸ばせば、絵梨香はその手をビシッと打ち落とし「助けて、ヒーロー! 痴漢よー!」と被害者じみた声で叫ぶ。
 だが一人、黙々とアイデアをメモっていた一英は、それを「ゼロングに頼んで」の一言であしらっていた。
 女たちが「ゼロング!」「こないだ新小岩の駅前で見かけたし!」とケラケラと笑う中、一英のスマホが着信に震える。正義はジョッキと皿を厨房に戻しながら、一英があからさまに嫌そうな顔でスマホを耳に当てるのを眺めた。
「――あのなぁ、俺、お前のパシリじゃねぇから! あれ買ってこい、これ買ってこいって、気軽に使うな! お前が行けって!」
 通話相手を乱暴に突っぱねる一英に、女たちが一転、ブーイングを起こす。絵梨香と恵が「優しくない!」「下衆!」と騒ぎ、凛が「女子供に優しくできないエセヒーローなんざ、あたしがぶっ倒してやるってのよ。かかってきな」と毒づく。
 女たちの刺すような視線を受ける一英は何やら弁明しようとするが、電話口から聞こえてきた泣き声に情けないほどの脆さで瞬殺された。
「あーもう、コウちゃん、めっちゃ泣いてんじゃん! わかったわかった、買って帰りまちゅよー!」
 正義は厨房から聞こえてきた「赤ん坊には勝てねえな」という言葉に笑みを返し、女たちの注文に加え、自分と一英の注文も大将に伝える。一英を振り向けば、見えもしないのに電話に向かい「アバババー!」と滑稽な動きをしてみせていた。
 助けがないと生きていけない赤ん坊は、なぜかそれだけで強い。
 一英の非力な折れ具合が、正義にはまるで自分のそれのように思えた。
 自分の母はもしかすると、赤ん坊と同等なのかもしれない。そう思うと、小さな溜め息が出る。
 正義がそっとスマホを取り出すと、真由美からのメールが来ていた。
『さっき母さんとこ行ってきたんだけど、母さん、ヨシ兄に会いたいって何度も言ってたよ。今晩にでも行ってあげてよ』
 溜め息とともに本文を撫でた正義の目が、差出人の『真由美』で止まる。
 正義にとって、真由美からの依頼は重たいものだった。
 真由美は『良い子の見本』みたいなものだ。いくら祖父母が放っておけと言っても、いつも積極的に母を気遣い、押し付けにならない絶妙な頻度でマンションまで様子を見に行ったりする。
 そんな真由美はきっと、兄もが自分と同じ境地だと思っているのだろう。まさか、息子が母を避けるとは微塵も思っていない。
(俺が自らすすんで会いに行くなんて、あり得ないのに)
 行くわけない、俺はできることなら逃げおおせたいんだからと胸で呟き、正義は渋りきった眉を寄せる。自分には真似できないまっとうな優しさを、子供の役目として果たせている真由美には引け目すら感じていた。
 だが今は、断るだけの理由がある。ふうと息し、正義はすぐに返信した。
『忘年会の幹事やってるから今年の年末は忙しいんだよ。それは母さんにも伝えてあるから、牛乳くらい自分で何とかしてって言っといて』
 送信ボタンを押したところで、大将から注文したグラスが差し出される。
「これ頼んでいいか?」
「うん、運びます」
 正義は何事もないように大将に笑顔を返す。だが閉じようとしたスマホの画面に早くも新着メールが浮かんでいて、開いた内容に思わずうなだれてしまった。
『ヨシくんに会いたいわ。ヨシくんのばか。ヨシくん、あたしのこと好き?』
 大将は厨房でガチャガチャと皿を洗い始め、外人勢はなにやら英語で大声あげてはしゃぎ、凛たちは赤ん坊の様子を一英に聞きまくって楽しんでいる。
 店内に溢れる騒音に紛れ、正義の呟きはかき消されていた。
「……母さん……俺、あんたの何なんだよ。息子だぜ」
 好きという言葉なんか彼氏に言ってもらえばいい。再度そう伝える気力もとうにそがれ、正義は五つのグラスを手にテーブルに戻る。
 礼を言って受け取る女たちに微笑み、一英のもとにもグラスを置き、スマホをヨレヨレワンショルダーに放り込んだ正義は気だるそうにテーブルに突っ伏した。
「カズくん」
 カレンダーの裏に必要なものをリストアップし始めていた一英は、「んー?」と気のない返事だけを返してくる。そのペン先を眺めながら、正義は続けた。
「どうせ野外で開催するなら、打ち上げ花火やんない?」
「はぁ?」
 顔を上げた一英に、やさぐれそうな目線だけを返す。
「だって忘年会に必要なのは憂さ晴らしじゃん。誰にでも嫌なことってあるはずだから、今年の嫌な事……ていうか今までにあった嫌な事ぜんぶ忘れられるくらいの、きれいな打ち上げ花火やったらどうかなって」
 怪訝そうに顔をしかめた一英が、あと二週間ちょっとじゃ花火なんて間に合わないだろうと言いながら、スマホで検索をかけ始める。
 それを聞いていた恵が隣のテーブルから身を乗り出し、すっかり酔って回らない口を挟んだ。
「打ち上げ花火ィ? あたひ、知り合いに花火職人いるから、聞いてみようかぁー?」
 正義が「ほんと!」と飛び起きると、恵はばあさんみたいに目を細めながら、自分のスマホでその花火職人のサイトをあさり始める。数ページうろついた恵は「あぁー」と残念そうな顔を上げた。
「ダメかもねー、予約は一か月前までって書いてあるぉー」
「いや、そこをなんとか!」
 一緒にサイトを覗いていた正義が今すぐその人に電話するよう恵を急かし、恵もハイハイ言いながらアドレス帳を開く。
「でもさぁ、お金どうすんのぉ? 結構、お値段はるよん?」
「個人的に花火見たいんで、僕が全額自腹します」
「自腹ッ?」
「いいんですよ、見たいんだから。貯金はたきます。それより早く電話! 今からでも頼めるかどうか聞いて!」
 正義は自分のスマホでも同じサイトを開き、サービス内容や料金表なんかを見始める。
 絵梨香が会計士らしく、採算の取れないような屋台もやって花火もやってでは大変だと心配するが、凛は、五百人呼ぶのなら一人あたま千円徴収すりゃいいんだと笑った。ああだこうだ言い始める二人に、自腹で出せるぶんだけの花火にするからと大丈夫だと正義は答える。
 その後ろではフラフラした足取りで店内を歩き回っていた恵が、繋がった電話にいかにも酔っ払いな挨拶をしていた。





 
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