>NOVEL>葛飾、最後のピース>ジャスティー編

第23話
お楽しみはこれからだ
 

 新小岩公園では時間通りに忘年フェスが開催されていた。トーテムポール門が開かれ小一時間が経った今、屋台村は予想以上の盛況ぶりを見せ、グラウンドの外も中も人だかりができている。
 屋台村中央のステージでは正義が声をかけたアマチュアバンドが、ボーカルのない小粋な生演奏を食事のともとして披露していた。
 廃材のくべられたドラム缶があちこちで火の粉を吹き上げるなか、永原が片手にノートパソコン、片手にビデオカメラという手一杯さで会場を駆けまわる。
「さぁさぁ、新小岩公園は宴も始まったばかり! ここまでの中継を見てて、やっぱり私も行けば良かったなぁっていう人、いるかな? 今からでも遅くないですよ、忘年会は九時までやってますから。みんなおいでおいで〜! さて、今まで会場内を回ってお客さん方のお話を聞いてきましたが、今度は裏方回りでもしてみましょう。これまでの動画を見てくれてた人には、お馴染みの顔のところへ行ってみますよ〜」
 永原のビデオカメラが手ブレを最小限に抑えながら、リヴェルの屋台へと近づいていく。店の前で待っていた恵とミシン仲間が、キャーと手を振った。
「いらっしゃいませー! リヴェルでーす」
「恵ちゃん、江戸小紋アクセは売れ行きどうかなぁ?」
「上々でーす。でも根性で作っちゃったから、まだまだたくさんあるんですよねー。こんなのとか、こんなのとか。ちょっと永原さん、アップで映して! これらの生地はすべて、西新小岩で染められた江戸小紋を使用しています。ひとつとして同じものはないので、良かったらお早めにどうぞ!」
 今回の忘年フェス屋台はすべて百円で提供するという制約があり、そのためこちらは売り物ではないがと、永原はすぐ後ろに展示されているリヴェル製の洋服も紹介する。
 チーム・リヴェルの面々は、見に来るだけでも大歓迎、ご来店お待ちしてます、洋服のお買い求めはリヴェルのホムペからどうぞ、などとしっかり宣伝をし、去っていくカメラに飛び跳ねながら手を振っていた。
 画面には提灯が照らす柔らかい明りのなか、屋台ものを頬張り談笑する人々が映し出されていく。永原カメラは会場をゆっくりと舐め、他の屋台も連続して紹介していった。
 焼きそばやたこ焼きなどの『縁日定番屋台』にくわえ、酒だけを出す『酒屋台』、つまみだけを出す『つまみ屋台』、おにぎりだけを出す『おにぎり屋台』、更にはどこかの主婦が作った惣菜のみ提供する『こちら鈴木家のおかん屋台』などが並ぶ。
 バンボディトラックの荷台を使った室内型屋台のエリアでは、意外にも盛況の『女装屋台』や、その隣で閑古鳥の鳴く『顔剃り屋台』の様子などが伝えられていった。
 暇そうな瞬平に、永原が無駄にでかい声を上げカメラを近づける。
「瞬平君! 顔剃り屋台、どうよ! お客さん来ない?」
「あー、まだ一人も。どうしよ、もっと宣伝して回ったほうがいい?」
「してして! 今、生中継中だから!」
 まるっきり普段顔だった瞬平が、今更ながらカメラに営業スマイルを向け、
「女性限定ですが、やましい思いはありません。良かったら僕にあなたのお肌、剃らせてくれませんか。お化粧ノリがよくなりますよ」
とコメントすると、永原は瞬平のイケメンぶりをことさら強調し次の屋台へと流れていく。
 終始饒舌な永原のハイテンションに、辺りの客も道を開けるようになっていた。
 遊び系の屋台エリアに入った永原は、「こんな屋台もありますよ」とプリンターが並ぶ屋台の前で足を止める。
「これはね、僕がやってる屋台で、撮りたてホヤホヤの『写真屋台』です! きょうのこの忘年フェスをバシバシ撮影して、バシバシ展示中、欲しい写真はタダであげちゃいます。この屋台は、写真を買うのが百円なんじゃないの、写真撮るのが百円なの。我こそは写真好きというカメラマンのみなさん、百円で縦横無尽に撮りまくりませんか〜? お待ちしてまーす」
 永原は自分に向けたカメラに手を振り、もちろん被写体には了解を取ってから撮影してね、と笑う。その後ろではムハンマドたち外人勢が、写真屋台のスタッフとしてプリンターに向かっていた。
 永原の生放送カメラがどこかへ行ってしまっても、忘年フェスの様子が刻まれた画像はムハンマドたちがプリントし続け、ビール片手に展示用のパネルブースに飾っていく。
 パネルブースでは、開催直後から順番に貼られてきた写真をゆっくりと追いながら、数人の見物客が笑い合っていた。
 展示写真の中にある一枚の写真を見つけ、正義が満足そうな腕組みをする。
「我ながら似てる」
 それは、典子を真似て女装した正義と、同じく女装姿の寿夫、それからすっかり姫に変身したあの女子高生とが映るものであった。彼らの女装が完成してすぐ、三人を仕上げたマーシャにブランチェ、絵梨香とともに撮ったシックスショットだ。
 いまだに女装したままの兄がモデル気取りでポーズを取ってくるのを、真由美が呆れた目で見つめる。
「言ってくれれば一緒に行ったのに」
「住所解れば一人で行けるだろ、区内だぞ。どこぞの方向音痴と一緒にしないでちょうだい」
 正義は昭和中期のもったりゴージャス巻き毛を指先でいじり、ベティちゃんみたいなつけまつ毛をパチパチと瞬いて真由美を睨んだ。そして完璧に母の仕草を模すことができている自分に、思い出し笑いをする。
「ハトが豆鉄砲ってああいう顔のことだな」
「そりゃそうよ。二十年振りに会った息子がそんな格好なんだもん。お父さんカワイソ」
「でもあの人だって、俺がスカート履いてることくらいずっと前から知ってんだろ? お前がよく、こそこそと俺の写真や動画持ってってるわけだし」
「……やだ、いつから知ってたの? 気づいてて言わないとか、超悪趣味」
 真由美に叩かれた正義が笑いながらパネルブースの外に目をやると、ギャル風に女装してきゃーきゃーはしゃぐ若造が五、六人、群れを成して通り過ぎていった。その後ろからは和服美人に女装した口髭のオジサマが一人、絵に描いたようなしゃなりしゃなりで歩いていく。
「母さん、来るって?」
 そう尋ねると、真由美は肩をすくめて首を振る。
「ううん。寒いし、永原チャンネル見て楽しむだけでいいって」
 懸命だわと言った正義は、履き慣れているはずのスカートでも肌寒さが身に染みると震えてみせた。
 もっと他の屋台も見てくるからとパネルブースを出ていく真由美に生返事し、正義は今一度、女装した自分の写真を眺める。
 隣で見学していた子供連れの夫婦が、二度見ならぬ三度見の末、正義が女装した男だったことに気づき驚いた声を上げた。
 正義がへらへらと笑いながら「上質に仕上げてもらえますよ、良かったら旦那さんもこの機会にぜひ」などと宣伝文句を口にしていると、そこへ尖りに尖った声がかけられる。
 振り向くとそこには、フードについた顔から火でも噴きそうな形相の、黒龍一英がいた。
「おい、何度も電話してんだから気づけ。瀬ノ塚正義の奴いつ着ぐるみ着るんだいって、お凛さんが怒ってんぞ。着ないならもったいないからムハンマドに着せようって、恵ちゃんが嘆いてるそうだ。俺としては個人的にすげぇ腹が立つから、はやくその女装を解けと思っている」
「あ、着ます着ます。もう十分客寄せの役割果たしたんで。つか俺サイズで作ったの、ムハンマド着られるわけないじゃん」
 いつもと変わりない様子の正義に、一英がふと声を潜める。
「ところで復讐劇って? また、あいつ来た?」
「はい? なんの話? 物騒な」
「あんたが言ってたって江田っちが」
 正義のきょとんとした顔を見て、違うならいいやと一英は肩をすくめた。
「じゃあ着替えたらこっちも手伝えよ。そろそろ江田っちの特大出そうぜ」
「お楽しみのやつね。了解」
 正義がウィンクと投げキスを返すと、一英は踵を返しながら着ぐるみのしっぽを振り回し、なかなかにしなるそれをビシッと打ち込んでくる。痛みに笑いながら脚をさすり、正義はパネルブースを後にした。
 そのまま鼻歌交じりに女装屋台へと戻り、リアドアにかかるカーテンをシャッと開ける。中には一般客が二人、ゲラゲラ笑いながら初めての化粧をされていた。
「絵梨香! 俺の着ぐるみどこ?」
「えー? もう女装解いちゃうの? かわいいのに」
「いいから早くメイク落として。顔かゆいし」
 正義はやたら暖かいトラックの中で女物の服を脱ぎ、鏡台の前で絵梨香に化粧を落としてもらう。なんだかベタベタの液体で顔を撫でまわされたあと、いかにも職人系のスタッフが設置しましたという簡易的な洗面台で顔を洗うよう言われた。
 正義は、蛇口がわりのホースからぬるま湯が出てくることに感動しながら洗顔を終え、すっぴんになった自分を鏡で見てふとあることに気がつく。
 思わず顔の角度を様々に変え、自分の顔を確認してみた。
 鋭い眼光をしてみたり、ぐっと口角を下げてみたり、片眉だけをあげてみたりと、ひと通り男らしい表情をしたあと、ぼそりと独りごつ。
「似てんだな」
 二人は他人同士なのに、この顔がそのいずれにも似るなんて。
 そう思いながらツナギの上にオーソドックスな緑龍の着ぐるみを着込み、鏡の中で同じことをしている自分を睨む。なぜか今になって、母がテレビに出るほど有名になって欲しいと言った理由が解ってしまった。
「あんたにも、俺の成長をリアルタイムで見せたかったんだな」
 そう呟くと、非暴力を押しつけていた理由も同時に察しがついた。
「あんたを引っぱたいたこと、後悔してるってことだよ」
 着替え終えた正義は鏡の自分にべえっと舌を出し、トラックを飛び出していく。
「ただいま、挑戦者募集中! 好きなだけ削って百円だよー! みんなの力で、巨大カタヌキを完成させよー! さーさー、ガキども寄っといでー!」
 女装屋台のカーテンを後ろ手に閉めた正義は、遠くから届いた江田の声に顔を上げる。
 見れば人だかりのできているカタヌキ屋台では、畳二畳くらいはありそうな特大のカタヌキが台に乗せられ、一英の運転するフォークリフトでゆっくりと運ばれているところだった。
 付き添う裕貴が安全に通れるようフォークリフトを誘導し、江田が興味津々で集まってきた付近の客を優しくかき分けながら単純なルール説明をしている。
 自分がいなくても確実に回っていく光景に、正義は言い知れぬ安らぎを覚え、泣きそうな目を細めていた。





 
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