>NOVEL>葛飾、最後のピース

第22話
ノックダウン・プロダクション
 
【補足】
ノックダウン・プロダクション(ノックダウン生産)…
ノックダウンとは、分解して組み立てるの意。ノックダウン生産とは、製品をバラバラの部品にして運ぶなどして、現地で組み立てる生産方法のこと。




「カズじゃね?!」
 急に名を呼ばれて一英が振り向くと、見覚えのある縦に細長い体格が唖然として突っ立っていた。引き出しの奥にしまいこんでいたフォルムの記憶が、目の前の男に完全合致する。
「江……田っち……?」
 一英の口からその名がこぼれると同時に、ジャスティーからも「江田っちー!」という歓声が上がる。会わない間に明るい茶髪になっていた江田は、あっさりした目尻にしわを刻むや、ウホホーと奇声を発しながら二人のほうへと駆けてきた。
「マジで? ねぇ、マジで? わお、カズ、超久しぶり! ちょっと待って、写メ撮らして。ジャスティーも入って入って!」
 二人の腕を引っ張り自分のほうへと寄せた江田は、携帯片手に見事な変顔を作り、スリーショットで自撮りする。サラサラの前髪を揺らしながら、写した画像をハイテンションで確認した江田が、一英の肩に長い腕を回す。
「や、びっくり! なにしてんの、元気だったの? カズ! 今みんなにメールすっから!」
「みんなって……ちょっと待ってよ、江田っち!」
 だが江田は携帯に何やら恐ろしい速さで打ち、ソッコーでぱたんとたたむ。そして改めて、
「カズー!」
と、甘えるような声を出し、一英に抱きついていった。そんな江田の態度に一英が戸惑う。
 新小岩を出てから六年間も音信不通、それもこっちから完全無視で無理やり断ち切ったのだ。いくら連絡をくれても一切返事をしなかった。絶対に傷つけているし、怒らせていると思っていたのに、江田にはそんな素振りは微塵もなく、ただ普通に、久しぶりに会っただけのような雰囲気が満ちる。
 本当に気にしてないのか。それとも気にしてないふりで怒ってるのか。いや待て、江田っち抜けてるから、そもそも断ち切られたことにすら気づいてなかったってパターンも有りうる。
 一英がそんなことを頭で巡らせるが、どっちにしても江田のマイペースぶりが変わっていないのだけは、執拗にハグハグしてくるところから明らかだった。解ったから、と何度も繰り返し、じゃれてくる大型犬をなだめるような一英を見て、ジャスティーがにまにまする。
 するとそこへ、遠くのほうから自転車を本気漕ぎする大人が二人現れた。それは、先ほど江田が送信したメールを受け取ったらしい、寿夫と瞬平だった。二人は一英が中学に上がってからの同級生で、江田を含めよく四人で遊んでいた友人だ。
 懐かしい顔が人類を超えたかのようなスピードで近づいてくるのを、あんぐりと口を開けた一英が見つめる。彼らは目の前まで来ると、ドリフトの砂埃を上げ急停車した。
 凛々しい瞬平が、息を切らしながら一英をキッと睨む。
「俺なしでキャッチボールしようなんて生意気だぞ! 井梶のくせに!」
「そうだそうだ!」
 カゴにはグローブとバットを持参している寿夫も、小柄な身でぜーはーしながら拳を上げる。
 彼らも一英が一方的に関係を断ちきった友人だというのに、超絶男前のシュンちゃんがジャイアンじみたことを言い、いつも大人しいトシくんがスネオ的に合いの手を入れるという、一時期仲間内で流行ったくだらないお約束ネタで登場され、一英は完全に気を抜かれていく。
 そんな様子を少し離れたところから永原が撮影する中、まだジャイアンを続ける瞬平が強引に一英の携帯を奪い取り、ちゃっちゃと自分の連絡先を交換してしまう。江田と寿夫も「俺のも〜」とあとに続いた。
 そして、寿夫の自転車からグローブをあさった江田が、
「さっ、千本ノックやろ、千本ノック!」
とのたまうと、瞬平も、
「おっし、俺が打つ!」
などと、金属バットを鬼みたいに振り回し始める。一英に携帯を返してきた寿夫も、グローブの感触を確かめていた。
 誰か一人でも、少しくらい俺の不義理を責めてくれるような、常識的な部分を持つやつはないのか……。
 そう思う一英だが、拒否る間もなく友人らは配置につき、バッターボックスに入った瞬平から白球がカッ飛んでくる。一英はそれを顔面で受けそうになり、咄嗟に左手を突き出す。中腰でノックを待っていた寿夫と江田が「だっせ!」と言って笑った。
「どんどん行くぞー!」
 Sっ気たっぷりに瞬平が叫び、本当に容赦なくガンガン打ってくる。見ればジャスティーが瞬平の脇につき、ヨレヨレワンショルダーから次々にボールを手渡していた。
 そのバッグに一体どれだけ入ってるんだよというくらいにボールが飛び、それを江田と寿夫がきゃーきゃー言いながら受けては投げ返す。一英もぼんやりしようものなら的確な狙いの球が瞬時に飛んでくるので、深いことを考えるのもままならず、いつの間にか一緒になってきゃーきゃーと叫んでいた。
 総武線の向こうでは、上昇気流が真っ白な雲を肥え太らせる。
「も……駄目だ……ぁ」
 二時間以上かけて本当に千本のノックをした彼らは、体温近くに迫ってきた気温に汗だくとなっていた。一英が最後の一球を受けたものの、とうとう腕が上がらなくなり、投げた球がジャスティーのずいぶん手前でむなしく落ちて転がる。
 と、それが合図だったかのように、ジャスティー以外の全員がその場に崩れ落ちた。わんこそばの給仕係みたいだったジャスティーだけが涼しい顔でにやつき、彼らを眺める。
 使いすぎて震えている腕は、明日の筋肉痛が明白だった。一英は足りない酸素をむさぼりながらグラウンドに四肢をつき、体中で息をする瞬平らも、滝のような汗を滴らせ倒れこむ。
 熱中症寸前で転がる彼らのもとに永原がやって来て、シャッター音を連続させた。おかしそうに笑う永原を一英が見上げると、そのレンズが何度か自分のほうにまで向いていて、彼はグローブを捨てた腕で顔を覆い隠す。
 いい大人が羽目を外してはしゃいだ挙句、不様にも疲れきったところを撮られているのだ、きっとそうしたくなるほど珍妙な様相だったに違いない。
 一英が江田に名を呼ばれて視線をやると、ぜーはーしている江田が、何を言ってるか解らないけどとにかく何かを言いながら、ぜーはーして笑っていた。その様子に、確かに珍妙だわと一英から苦笑がこぼれる。

 ◇

 しばらくして動けるようになると、彼らは木々の乱立する緑地を這うようにして抜け、新小岩公園の入口にある噴水のふちに、並んで腰をかけていた。自販機から帰ってきたジャスティーと永原が、汗だくの彼らに冷たいペットボトルを二本ずつ手渡す。
 日陰もなく直射日光が熱いのだが、背後の噴水はいかにも涼しげな音を立てて噴き上がり、細かなしぶきが強めの風に乗って降り注ぎ、気持ちがいい。
 ペットボトルを煽った瞬平が、見るからに縄文系なキリッとした眉を、片方だけ上げて笑う。
「でも、よく全部取ったなぁ、カズ」
「取るしかないような位置とスピードで、シュンちゃんが打ってくるからだろ」
 膝に手をつきうなだれる一英を全員が笑い、ジャスティーも「体がなまってる割には頑張ったじゃないですか」と茶化す。
 彼らの会話は、チームは違えど全員が少年野球をやっていたこともあり、自然と、よく行った河川敷や強かったチームの話になった。それが固有名詞を思い出せない曖昧な記憶だったとしても、一英の言いたいことは同じ記憶を保有する彼らにはよく通じた。
 自分の所属していたチームのコーチが大のダジャレ好きで、感化された子供たちが一時期ダジャレばかり言っていたことを、一英が思い出す。唯一同じチームだった江田がウハッと笑い、人差し指を振った。
「それ、杉田コーチでしょ? 懐かしー!」
 するとジャスティーが一英の隣に腰を下ろし、「あの人今でもダジャレばっか言ってますよ」と続けた。驚いた一英が「あんた会うことあんの」と聞くと、すぐに「よくその辺、歩いてますよ」という答えが返る。江田もいるいると頷き、寿夫が「だってシュンちゃんとこの商店会の会長だもんな、あの人」と瞬平の腕を肘でつついた。
 ふと、当時一番流行ったお気に入りのダジャレが蘇り、一英がそれを口にする。弾けるように全員が笑いこけ、そのダジャレをやはり今でも杉田コーチが使っていることを明かした。
 一英の記憶が堰を切ったように蘇り、矢継ぎ早にダジャレを言い放てば、そのたびに友人たちは爆笑する。
「やっばい! くだらなすぎ!」
「でもこの歳になってやっと気づける下ネタとか、杉田コーチ、クオリティー高くね?」
「高い」
「高いです!」
 みんなでげらげらと笑いながら、一英は一気に何年もの月日を遡ったような感覚になっていた。自分から断ち切って、何年も避け続けていたのが嘘のようだ。ジャスティーもあまりに場に馴染みすぎていて、もともと五人で遊んでいた仲のように思える。
(ていうか、今までスルーしちゃってたけど、なんでこいつ俺の友達と友達なんだ?)
 あとで問い詰めようと思いながら、今は懐かしい笑い声に包まれる。永原はスポーツドリンクを流し込む彼らを、飽きもせずに撮り続けていた。
 そこへ突然、見知らぬ太ったバンダナ男が小走りで近寄ってくる。
 永原が「誰かの知り合い?」という表情を浮かべるが、一英は一目見るなり、その男を不審者として認識し、警戒を発動させた。一英の警戒通り、バンダナ男は普通とは違った、突拍子もない高さから声を出す。
「なんなんだよ、またなのかよ! いつも君たちだよね、ボクのことクサイって言うのは! 違う? いや違わない! そうさ、君たちみたいな五人組は絶対にボクの悪口を言うんだ! 五人組だから絶対そうなんだ! もうボクに付きまとうのはやめてくれ!」
 一英の顔がすぐさまぎらついて曇る。
 どういった設定の被害妄想なのかは解らないが、バンダナ男は一方的な言いがかりをつけながら憤慨すると、噴水のふちに腰かけている五人を、太っているとは思えない俊敏さで次々に勢いよく突き飛ばした。
「わっ」
「ふざけっ……!」
 普段なら避けきっただろうが、先ほどのキャッチボールで使い物にならなくなっていた一英の体は、ジャスティーに続いて大きなしぶきを上げ、背中から噴水内に落ちていく。他の三人も一英の隣から順に、江田、寿夫、瞬平と、半日かけて熱せられた生ぬるい水へと落とされる。
 池の底に強か背を打ちつけた一英が水から顔を上げると、隣では同じくびしょ濡れとなったジャスティーが今にも吹き出しそうな顔で呆気にとられていた。ほんの一瞬だったというのに、気づけばかなり遠くに、逃げていく太った男の一目散な姿が見える。
「だから新小岩は嫌なんだー!」
 一英が大声で叫ぶと、歩いていた家族連れや藤棚の下で将棋を指していたじいさんがこちらを見やった。尻ポケットに入れいてた携帯電話もがっつり水没してしまい、水面を叩いて一英が怒る。
 そんな彼とは違い、他の四人からは示し合わせたような爆笑が起こった。みんなして、先ほどまで腰掛けていた噴水のふちをバンバン叩きながら腹を抱えている。永原も笑いながらこの一部始終を撮っていた。
 ジャスティーが声を引っくり返らせて身をよじる。
「超サプライズです! 完全に今週のハイライトです!」
 動画で撮ってなかったのかという瞬平の問いに、永原が間に合わなかったと残念そうに謝る。江田が「ああいうのは俯瞰で見るとサイコーウケるのに!」とヒーヒー笑い、寿夫ももったいないを連発した。
「……ちょっと……みんな新小岩をエンジョイしすぎ……じゃね……?」
 そう呟き、笑いすぎの彼らを見るうちに怒る気を失った一英は、のろのろと岸へ上がった。
 いつまでも噴水の中で楽しそうな友人たちを眺めながら、口内に広がる溜め水特有の苔をはらんだような臭いにツバを吐く。小さい頃この公園で水遊びしたことと、自分も小学生の頃は似たようなことで笑いこけていたことが思い出された。
 一英が水の滴る携帯を手の中で眺め、買い替えだなと溜め息をつく。その横で池から飛び出したジャスティーが、
「せっかくだから近所の銭湯に行きましょう!」
と無邪気そうにはしゃいだ。
 一英が馬鹿言えと表情に刻んで見せるが、江田がイの一番にその気になり「行こう行こう!」と立ち上がる。服もずぶ濡れだし、俺は銭湯より帰ってシャワるのだと訴えても、江田とジャスティーはそれを蹴散らそうと大声を出した。
「だぁいじょうぶ!」
「コインランドリーもあるじゃないですかっ!」
 銭湯行きに賛同した全員にとっ捕まり、一英は自転車置き場へと引きずられていく。
 一人徒歩だった江田が井梶家ママチャリのハンドルを握り、一英は無理やりサドルに座らされ、荷台にジャスティーが座る。
「こうしないと、カズ逃げるから」
「危ねぇよ!」
 一英をサンドイッチで三人乗りした自転車は、ほか三台の自転車とともに、新小岩公園からじゃばじゃばと繋がる水跡を引きずり西新小岩の奥へと消えていく。
 よろめく三人乗りに併走する永原は、器用にも自転車を運転しながらしつこく写真を撮っていた。





 
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